アリジーの話
当時25歳 創作UCCコーヒーかなんかの主催で、「コーヒーにまつわるショートストーリー」を募集していた。仲間内みんなで応募しようということになり、その時に書いたお話。
雨の降らない、かんかん照りの日がずっとずっとずっと続いていた。土はすっかり炒り上がって、時折風に吹かれてさらさらとほぐされ、今や「砂」と呼んだほうが似つかわしいくらい。生き物の影もまばらで、砂漠まであと一歩だった。
アリジーは、あまり走るのは得意ではなかった。今まではずっと狩をして食いつないできたが、そろそろ限界を感じていた。砂に足がとられ、ますます走るのは困難。それは獲物の側も同じなのだろうけど。アリジーはしかし、空腹と戦いながら獲物を取らねばならないのだ。一匹の獲物をとるために、何日も熱い砂の上を歩き回るのでは、まったく割に合わない。それが、限界、という意味だった。
獲物が向こうからやってきてくれればいいのに。アリジーはそう思いながら、同じところをぐるぐると何度も円く歩いてみた。するとどうだろう。ちょうどすり鉢のように砂の斜面が出来てゆく。アリジーはさらにぐるぐるぐると歩いてみた。穴は次第に深くなった。砂の斜面はとっても急で、その上さらさらの砂で出来ているものだから、登ろうとすると砂が崩れ、うまく登れないのだ。
アリジーはそれを見てにたりと笑い、その穴の真ん中で昼寝を始めた。
やがて、そんなことはなにもしらない一匹のアリが、すり鉢状の穴に足を滑らせて落ちてきた。必死でもがいたが、やはり斜面を登ることは出来ず、アリはじたばたしながら滑り降りてきて、アリジーにこつんとあたった。
そのアリを、アリジーは、ゴクっと飲み込んだ。
そしてまた昼寝をした。1時間もしないうちに、別のアリが滑り落ちてきた。
アリジーはゴクっと飲み込んだ。
ところでそのアリジゴクのトラップのちょうど真上にコーヒーの木があって、ある日すごい強風で豆がたくさん落ち、焼けた砂によっていい感じに焙煎されたところに雨がふってきた。アリジーはコーヒー豆の間を抜けてきた雨粒を飲んで「ウマー」と言った。
これがドリップコーヒーの始まりである。